惨敗したインターハイ個人戦の神奈川県大会が終わり、精神的なスランプに落ち込んでいました。



そんな時でも時間は平等に進み、6月の頭には関東大会が始まります。
前年出場できなかった私たちの高校は、神奈川県4位で2年ぶりの出場です。



場所は、埼玉県。
浦和での開催だったような気がします。


神奈川県からの参加は、東海大相模、横須賀学院、桐蔭学園、日大藤沢、武相、藤嶺藤沢、光明相模原の7校だったと思います。
光明相模原は、初の関東大会出場だったはずです。



当時の関東大会は、3校(もしくは4校)での予選リーグがあり、1位校のみ決勝トーナメントに進む方式でした。
(現在は、オールトーナメント方式に変更されています)


私たちは、主催地埼玉県の優勝高、大宮工業、栃木県代表の宇都宮工業と同じブロックになりました。


まずは、大宮工業との対戦です。
ここに勝たなければ決勝トーナメント進出はありません。
組み合わせが決まってから、情報収集を始め、頭の中では何回もシュミレーションを繰り返しました。


いよいよ対戦です。

オーダーは、
先鋒 私
次鋒 桜井
中堅 原田
副将 柏木
大将 河内
だったと思います。

大宮工業は、先鋒に主将が配置されています。

先鋒戦は主将対決です。
うちのチームとしては、前の3人で2ポイントを取りたいところです。
後の2人で失点を1以内に抑えて勝ちたいところでした。


相手は左組みで、最初から攻めていくとあっけなく場外に出ました。
本来であれば、ここで場外注意が出るところですが、お咎めなし。(ホームタウンデシジョンですね)

そのまま流れに乗れず、取りきれませんでした。

次鋒戦も、この流れに乗ってしまい引き分け。

中堅戦は、71キロ級の選手ながら185センチはある長身選手。
事前情報で、左組みで内股のみということでした。
対する原田は、左の一本背負いと小内巻き込みが得意な選手。
長身選手も苦にしません。


ところが、内股のみという情報が嘘だったのか、隠していたのか定かではありませんが、谷落としの奇襲を受け技ありを献上してしまいました。
必至に取り返そうと反撃しますが、万事休す。

先取点は大宮工業が取りました。

副将戦は引き分け、大将戦は取られたと思いますが、はっきりと覚えていません。
残念ながら負けてしまい、予選リーグ敗退が濃厚になりました。


続いて、大宮工業と宇都宮工業の対戦です。
私と対戦した大宮工業の選手が宇都宮工業の先鋒 菊地選手に一本負けしていました。

聞けば、この菊地選手はかなりの強豪で、私が相手にならなかった作新学院 赤羽選手にも勝っているということです。

試合は大宮工業が勝ち、予選リーグ突破を決めました。


さて、宇都宮工業との試合です。

菊地選手と戦いますが、得意の内股が炸裂し、一本勝ちです。
私が相手にならなかった赤羽選手に勝った菊地選手に一本勝ちとは、柔道の相性は面白いものです。

後に、この菊地選手は就職で神奈川県に来ており、県総体で藤沢市のチームで一緒に戦うことになりました。
縁は不思議です。

先鋒がチームに勢いをつけ、そのままの流れでうちのチームが勝ちましたが時既に遅く、予選リーグ敗退です。

関東大会の決勝は、世田谷学園と国士舘の対決で、世田谷学園が勝ったと思います。


個人戦は、東海大相模の佐藤篤人選手が決勝で吉田秀彦選手に勝って優勝しました。


次の試合は、2週間後にインターハイ予選団体です。


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