昭和61年11月24日に第18回全日本新人体重別柔道選手権大会が講道館で開催され、65キロ級に私も出場しました。


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この大会は、全国各地の予選を勝ち上がった16名の選手のみが出場できる大会です。
私の初戦の相手は、九州地区代表の高山光広(大牟田高)選手。
福岡県の71キロ級で2位の選手です。(ちなみにこの時の1位は杉野健次郎(大牟田高)選手で、インターハイチャンピオンです。現在の大牟田高の柔道部監督でもあります。)

事前の情報では、上記の情報と組み手が右、背負投げが得意らしいということくらいしか分からなかったと思います。

試合が始まり、しばらくは一進一退の攻防でしたが、高山選手が低い右の背負投げに来たので、横に捌いて内股に入ると、これを透かされ有効を奪われます。
ここから、挽回せんと攻めるものの高山選手の守りも固く、取り返せません。
時間は経過し、ラスト15秒くらいだったでしょうか。
逆転を狙い、巴投げから十字固めを狙うも受け止められ万事休す。
寝技の攻防となり、逆転の目のなくなった私はそのまま抑え込まれ一本負けとなりました。

高山選手はこのまま準々決勝も勝ち上がり、準決勝で敗れたものの3位に入賞し、ジュニア強化選手となりました。
しかし、大学で柔道はやらずに、料理人として強化選手に名を連ねていたのを覚えています。

初の全日本はあっけなく終わってしまいまいたが、非常に自分にとって大きな経験となりました。
目標としていたインターハイ出場を逃し、自暴自棄に陥っていた時期もありましたが、最後にこんなサプライズがあるとは。
ある意味、インターハイ出場よりもハードルが高い大会です。
そこに出場できたことで、その後の人生にも自信を持つことができました。



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